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はなふさ あんに の 絵雑記3
2011年8月15日(月)〜2012年3月3日(土)





『魚座に願いを』

2012年3月3日(土)

大変ご無沙汰をしておりました。

 

まず始めに、

一ヶ月間以上、何の更新もせずにいた当方のHPへ、

お見捨て下さらず御足を運んで下さった皆様方に

心よりの御礼とお詫びを申し上げます。

 

 

ずっと絵を描くのを控えておりました。

多事で忙しかった訳ではございません。

 

 

頭の中が、迷子になり、

なかなか安住の地へ

戻って来る事ができませんでした。

 

そんな、ままならない状態の中で筆を取れば、

私の信条に反する絵になってしまうと、

経験から分かっていたので、

 

画材も、描きかけの絵も、

一切、片づけて、過ごしておりました。






「暗いのは、現実だけで沢山だ。」

私は、己の暮らす世界の辛さを、しっかりと抱え、そう思って絵を描いています。

 

そして、

その辛い人生の中で生きている、皆さんの御心に、ほんの一瞬でもいい、
救いの笑顔を届けるために、

自分は、この才能を与えられたのだと思っています。

 

 

 

私は、

己の心情を隠さず表現し、議論を生む『芸術家』ではなく、

日常を忘れ感動を表現し、美しいものを生む『職人』です。

 

神聖なものを心から信じ、救いを求め、洞窟や墓や神殿や教会や聖書に、
『美』を創り上げて来た、先陣達のように。

 

 

 

 

 

でも、わたしが

真っ直ぐに正しく年を重ね、心が未熟でなくなり、まだ絵を描けていたら、

 

いつか、こうやって言葉では無く、

自信を持って絵で、議論を投げかける『芸術家』に、
なって行く可能性が全く無いとは言えません。

 

それも、また、苦難の世界に答えを求めて生きる孤独な人々への、
『絵描』として出来る、奉仕であるからです。

 

 

 

ここへ訪れて下さった皆様、本当に、ありがとうございます。





『聖ニコラウス 〜ラファエロの模写〜』

ラファエロ・サンティが描いた『アンシデイの祭壇画』

(聖母子、洗礼者聖ヨハネとバーリの聖ニコラウス)より、

聖母子の左に立つ聖ニコラウスの顔部分を模写。

2011年12月17日(土)

聖ニコラウス。

 

約千六百年前のトルコのお話。

 

生活苦のため、娘3人を

売り手放そうとしていた貴族がいた。

 

それを知ったキリスト教会のニコラウス司教は、

深夜、娘3人を救う十分な金貨の入った袋を

貴族の家の中へ、そっと投げ込む。

 

裕福な家に生まれたニコラウス司教は、

生涯、貧民弱者に、

己の全財産を惜しむことなく分け与え、

たくさんの愛で、行いで、人々を救った。

 

彼は死後、功績を称えられ聖人となり、

『Saint-Nicholas』、

聖ニコラウスと呼ばれる事になる。

 

その後、オランダの地で、彼の命日を祝う日、

『Sinter Kraas』が生まれ、

 

そう、『シンタークラース』、

 

その名は近代になって

フィンランドに、アメリカに、世界中に渡り、

『サンタクロース』と言う名の

「おじさん誕生」に至った。






今年、東北の人々や大地の為に、

聖ニコラウスの弟子となって、懸命に、わずかでも、
私財を届け、力を振るい、祈った人々が、

どれだけ多く多く多く、いただろうか。

 

 

電車で隣に座った人、歩いていて擦れ違った人、
エレベーターで共に乗り合わせた見知らぬ人達は、

聖ニコラウスの弟子として、働いた人かもしれないな。

 

 

 

今年は、右を見ても左を見ても、サンタクロースさんで溢れているね。




《寒さでストーブを鑑賞するサンタリー赤鼻のトナウリ

鑑賞して温まった後は、寝っ転がってグースカ眠る予定ですので、
プレゼントを買いに行く暇は無いそうです


《プレゼントを用意できない事を詫びるサンタリー赤鼻のトナウリ

「わりい(悪い)けんど、さぶくって(寒くって)よう、
あん(何)もする気になんねえんだあ。勘弁してくれなあ。」

生粋の八王子野良猫・田舎者のサンタリースさん、
お口にカツオブシがついていますよ。







『ずっと ここに いるよ。』

2011年8月15日(月)

終戦の日。

私の父は、日本軍が、アメリカのハワイ、パールハーバーに、

『真珠湾攻撃』を仕掛け、太平洋戦争が勃発した、

丁度その2年後の、12月8日に生まれました。

 

 

小さな子供を残して祖父は戦地へ向かい、

小さな子供を抱え祖母は劣勢の国内に残され、

どれほどの苦労と辛い思いをしたのか。

 

 

祖父は生涯、戦地での体験を語る事は無かったそうです。

恐らく、

凄まじく、むごい、死者と対峙する、地獄の中を、通りぬけて来たゆえに、

記憶に蓋をして鍵を掛けて置かなければ、

明るい『戦後』を生きて行く「心」を、保てなかったのでしょう。

 

 

 

『第二次世界大戦』に、加害国だとか、被害国だとか、
そんな事は私にはどうでも良い。

日本国民、そして世界中の庶民の、誰一人として、
戦争をしたがった者などいなかったはず。

全ては戦争を動かした国々の、無慈悲なリーダーが、
庶民達を『道具のように扱い』、地獄へと突き落とした。

 

 

【空襲】、【捕虜】、【公開処刑】、【ホロコースト】、【原子爆弾】、【特攻隊】、【自害】、

世界で、5000万人以上もの、死者を出した、
その非道で、語るも無残な、あらゆる残虐行為が、

たった一人の、リーダーの、発した声により推し進められたなどと、

そんな、馬鹿な話があるか!

 

 

絶対に、絶対に、

二度と、戦争など、してはいけない。

二度と、政治家に、リーダーに、私達の生命を、『道具扱い』になど、
させてはいけない。

いや、「されてはいけない」。

リーダーを作り上げるのは、私達、庶民なのだから。

 

 

今だからこそ、日本の政治家や官僚達には、

「国民の立場」について、上を見上げて、己に問い、「自身の立場」が、
国民に握られている事を、自覚して欲しい。

 

日本中の都市や町や村で、皆が毎日毎日、『政治家や官僚が、
どれだけ馬鹿であるか』を、話題にしている。

戦後、【政府を批判する事が罪になる時代】は終わったが、

あなた達が、「先生」などと呼ばれる時代も、今はもう、終わっている。

 

 

 

 

 

第二次世界大戦で亡くなった、様々な国、人種の方々に、 
今日は、心から祈ります。



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