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八王子の方言

〜祖母(大正生まれ)の話し言葉〜

 

付録








1950年代の我が村(町)の姿を描いた資料
※ 期待しないでください ※



■ 描画者:母(祖母の娘)
■ 解説者:はなふさあんに(母の娘)



こちらの絵は一枚が四分割され、農耕の様子が描かれております。
裏に以下の説明書きがされておりました。


(中耕をする)


(追い肥(おいごえ)を蒔く)
※「おいごめ」と言うものは存在しません。母の勘違いです。


(田の草取りをする)


(薬をまいて、稲の病気や虫を防ぐ)



母が従妹と自宅の庭で

遊んでいる所だそうです。

 

左下のひび割れたような

灰色の部分は蔵の屋根で、

そして

その蔵の上に描かれている人は

母の祖母(私の曾祖母)です。

体がとても小さい人でしたので

小さく描いたそうです。

 

小さすぎやしないか。

八王子の村はどこも

こんな感じだったのでしょう。

 

畑と水田、

 

庭には松の木、

 

栗みたいな家…。

 

 

 

まるで『日本昔話』。

恐らく、手前の女性は母の母

(私の祖母)だそうです。

服装が戦中を引きずって

いるような…いないような…

 

その後ろに居るのは、

恐らく母の父(私の祖父)では

ないかと言う事です。

 

その後ろでトラクターに

乗っているのが、

一体だれなのか、母には

全く記憶にないそうです。

 

おばあちゃん、おじいちゃん、

どこかの知らない人、

お仕事ごくろうさまです。

黄緑色の屋根は、茅葺で

コケが生えているのでしょう。

 

家の前は耕作地にされ、

家に描かれた格子は恐らく

障子か、ガラス戸ですね。

 

裏山の上に1本1本、

律儀に描かれた木を観ると、

何故、庭の木をもっとしっかり

描けなかったのかと、娘として

とても残念でなりません。

学校で描かされた

『火の用心』のポスター。

 

物凄い炎です!

 

消防車の放水の様に見える

水柱は、

 

一人の人物の持つ

小さなバケツから

放たれたものです。

ガンバレ!!

母が通っていた小学校の

大きなモミソ(モミ)の木を描いた

作品です。

 

モミソの木と並んで立つのは

掲揚旗のポール。

比べると確かに、

村を長い年月に渡り見守り

過ごして来たであろうと

想像できる立派な木です。

 

バックの茶色いものは、

学校のすぐ裏にあった

山だそうです。

 

山肌が見えているので

校庭とつながった

遊び場だったのでしょう。

町を高台から見下ろした風景。

畑と水田と、電柱、家や小屋が

観られます。

しかし…

右の赤いのは何でしょうか?

真ん中辺りでニョロニョロの様に

生えている黄土色の物体は

何でしょうか?

その下の黄土色の囲いは…?

 

一体どんな区画だったのか

村だったのか全く分かりません。

八王子には川が沢山あります。

母の実家からも歩いて数分の

所に川がありました(現在も)。

 

川のこちらも、向こうも

田畑が広がっていますね。

遠くの山が拝めるほどに…。

 

自転車を描くのは

大人でも難しい事ですから、

その問題点については

無視してやってください。

恐らく、母の父(私の祖父)

だそうです。

 

祖母いわく、祖父の目は

グリグリと気味の悪い程でかく

馬の目の様だったそうですので、

 

恐らく、確実に祖父でしょう。

 

稲穂を束ねていますね。

 

お仕事中のおじいちゃん、

右手はどこへ

行っちゃったのかな?

 

後ろの黒い物体は「カラス」だと

母は言い張っております。

一枚の画用紙を四分割して、何だか楽しそうな絵が描かれています。
夏休みの宿題かもしれませんね。

左上は『紙芝居屋さんが来てくれた場面を想像して描いた絵』。村が余りにも田舎過ぎて、紙芝居屋さんなど一度も来てくれなかったそうです。涙。

右上は『弟をおんぶして、お守をしている所』。母に、「弟が女の子に見える」と指摘した所、「青い服を着ているんだから男に決まってるじゃん」と自分勝手な思い込みを主張していました。

左下は『川で泳いでいるところ』。実家近くの川で泳いだと言う、貴重な光景です。現在は水量が減って、泳げる程の深さは無く、入っても膝下が濡れるくらいです。さらに私が小学生の頃は、生活排水を川に垂れ流しにしていた為、泳ぐどころか、入るのにも躊躇するほどでした。現在は生活排水の問題はある程度改善されていて、昔よりはきれいになりましたが、川で遊んでいる子供を見かける事は殆どありません。ちなみに、私が子供の頃に泳いだ川は「秋川」だけです。

右下は『ステキな家の中に居る私(想像)』の絵だそうです。実際の母の生家は、築150年の歴史が染み付いた、焦げ茶色の木板壁、同じ色の木枠の古いガラス窓、屋根は薄汚れた赤い色で、絵に描かれている『ちいさな可愛らしさ』など、カケラのひとっつもありませんでした。




貴方様の、現実への想像力を
心より頼りにしております。





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